メッセージ

​ごあいさつ 理事長 小林  米幸

 私は昭和60年に神奈川県大和市立病院勤務時に(財)アジア福祉教育財団難民事業本部傘下のインドシナ難民大和定住促進センターの嘱託医としてはじめて外国人医療と出会いました。
 

 日本語に不自由な人たちが適切な医療を受けることがいかに大変かを身にしみて知り、平成2年に大和市に外国人も日本人と同じ地域住民として受け入れる通訳付きの小林国際クリニックを開設しました。

 開設直後からたくさんの外国人の方から医療・医事相談を電話で持ちかけられ、これほど困っている人たちがいるならば外国人の医療・医事相談を母国語で無料で受け付ける電話相談組織を設立すべきとその設立構想をAMDAの仲間に相談、

AMDAのモットー

「困ったときはお互いさま」

を掲げて仲間で寄付を集め、平成3年4月に当センターを開設いたしました。
 

 近年は外国人患者を抱えた医療機関からの電話通訳依頼にも可能な限り、対応しております。
外国人も日本人も、同じ人間として差別なく基本的人権に則って暮らせる社会を確立するために、当センターが役立つことができればと思っております。
よろしくお願いいたしますとともに、活動のための皆様のご支援も重ねてお願い申し上げます。

小林  米幸 略歴

1974年

慶応義塾大学医学部卒業

1982年

神奈川県大和市立病院外科医長、内視鏡室長

1985年

インドシナ難民大和定住促進センター嘱託医兼任

小林国際クリニック開設

1990年 1月

1991年 4月

AMDA国際医療情報センター設立の構想を立ち上げ、設立の中心となり、所長に就任

第24回日本医学会総会(名古屋市)の分科会において在日外国人の医療について講演

1993年 7月

2005年 4月

​慶応義塾大学看護医療学部非常勤講師(2017年3月まで)

2008年   4月

参議院少子高齢化・共生社会に関する調査会に外国人労働者の社会保障についての参考人として出席

2009年   4月

近畿大学医学部非常勤講師(2017年3月まで)

2010年   4月

慶応義塾大学看護医療大学院非常勤講師(2017年3月まで)

現在

医療法人社団小林国際クリニック理事長・院長(1990年1月より)

特定非営利活動法人AMDA国際医療情報センター理事長(1991年4月より)

公益社団法人大和市医師会会長(2011年4月より)

AMDAグループ代表代行

日本医師会代議員(2016年3月より)

慶応義塾大学看護医療学部・大学院客員講師

日本医師会外国人医 療対策委員会委員(2018年7月より)

厚生労働省訪日外国人旅行者に対する医療の提供に関する検討会委員

(平成30年10月より)


日本外科学会認定医

​受賞歴

2001年

外務大臣表彰受賞

2001年

(財)アジア福祉教育財団よりインドシナ難民の定住促進事業推進に貢献したとして感謝状受状

2003年

慶應義塾大学医学部三四会奨励賞受賞

2005年 

神奈川医学会学術功労賞受賞

2012年 

かながわレッドリボン賞受賞

2015年 

神奈川県県民功労賞受賞

2018年 

第46回読売医療功労賞受賞(神奈川県)

著 

外国人患者診療ガイドブック  2001年 (株)エルゼビア サイエンス ミクス ※絶版

5ヶ国語対応外国人にも使える日本の医療・福祉制度ガイド  1994年 中山書店

エッセイ 愛をあげたい  1999年  フェアフィールド

外国人患者診療・看護ガイド  2003年 (株)エルゼビア サイエンス ミクス

外国人患者への外来対応マニュアル 2006年 永井書店

医療通訳入門(分担執筆) 2007年 松柏社

臨床外国人外来対応マニュアル 2015年  ぱーそん書房

実践医療通訳(分担執筆) 2015年 松柏社

編集・監修

特集 プライマリ・ケアのためのよりよい外国人診療、治療、vol.88, 2006 南山堂

AMDA国際医療情報センターは宗教、政治には不偏不党の団体です。私たちの役割は、日本に住む誰もが基本的人権にのっとって適切な医療を地域で受けることができるよう、お手伝いすることです。

​ ごあいさつ 副理事長 中西 泉

​準備中

 中西 泉 略歴

​準備中

ごあいさつ 理事 福川 隆

私は1993年からAMDA国際医療情報センターにかかわるようになりました。

AMDAとの出会いは、大阪府立病院(現急性期総合医療センター)に勤務しているとき研修医の田中政宏先生が、開業に当たって地域医療だけではなく、広く社会に貢献することをしてはどうかとAMDAを紹介されたところからです。平成2年、大阪の鶴橋で福川内科クリニックを開業する直前に岡山の菅波、東京の小林両先生がわざわざ来院されその深い思い知り、開業医の立場からAMDAの活動を広げていく気持ちを固めました。
 

実は昭和58年から2年間、米国ニューヨーク州のバッファローにあるRoswell Park Memorial Institute のCancer Cell Center に留学する機会を得て研究員として働いておりました。
海外生活は全く初めての経験で、英語もさほど堪能とは言えない状態のまま妻と生後6ヶ月の長女を連れて渡米しました。

 

やはり、外国で生活する上で言語の壁は想像以上のものがあり、研究室の技術員との会話もままならぬ中、年齢より若く見られるアジア人の威厳を保とうと髭を蓄えることにしたのも、今では懐かしい思い出です。
 

体重も減り、無精ひげのように写ったのでしょうか、知り合いの日本人ドクターに『先生どこかお悪いんですか?』と心配される始末でした。
 

言葉や文化の違う国での生活は色々な面で戸惑うことが多いですが、医療面での問題は個別の対応が必要で、さらに問題を深刻化させてしまうこともあります。自分が医師とは言え、子供の発熱などで戸惑う事もしばしばで地元の開業医のお世話になり、そのころの日本の医師のイメージと違うフランクで親身な対応に気持ちが楽になったものです。
 

病気になると人は誰しも心細くなるものですが、知らない土地で知人もいないとなるとなお一層孤独になります。
 

AMDAへの関心は、自分が海外生活を通して受けた様々な助けや救いを少しでも返したいと言う、いわば恩返しの気持ちから始まりました。  人は人とつながる-それは医療を通しても言える事です。
 

AMDAの活動が日本に暮らす世界の人々を助け癒す場になれば、日本と世界の人々が繋がる場になればと願い、自分に出来ることを続けていこうと思っています。

福川 隆 略歴

1976年 3月

大阪大学医学部卒業

1976年 7月

大阪大学医学部附属病院研修医

1977年 7月

大阪府立羽曳野病院(現呼吸器アレルギーセンター)第五内科

1986年 1月

大阪府立病院(現急性期総合医療センター)臨床検査科

1990年 7月

福川内科クリニック開設

1993年 12月

AMDA国際医療情報センター関西設立、副所長に就任

2001年   12月

AMDA国際医療情報センター関西 所長に就任

2005年   10月

医療法人 隆福会 福川内科クリニック 理事長

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